夜の浜辺で
男は虚ろな目をして佇んでいた
寄せては返す波の波の音だけが
延々と続いていた
男の吸うタバコの火が
小船の灯台かのように
強く光ったり止んだりしていた
やがて光はゆっくりと弧を描き
波にさらわれて消えていった



男は夢の中にいた
なぜか丁重に扱われ
テーブルについていた


今日は特別な料理をご用意しております
黒服のマネージャーらしき人が
口元を緩ませながら言った


よろしければ厨房をご覧になりますか
男は言われた通り
マネージャーについていった
そこでは魚がさばかれていた


男が驚いたのは
魚の色鮮やかさでも
大きさでも
新鮮さでもなかった


なんと 太った人魚が肉を削がれていたのだ


男は目を疑い閉じた
もちろん食欲が削がれ
吐き気に変わった
そして とにかくその場から立ち去った


マネージャーは 半ば したり顔をして
お客様 ご心配なく
普通でしたら 魚は死ぬんですよ
ここは夢の世界です
人魚が死ぬなんて
悪夢にも度が過ぎる
ご覧下さい


なんと 人魚は美しく痩せていた


羊の毛を刈るのと同じですよ
この世界では羊はいませんがね


私の肉を食べて下さる?
人魚はいたずらっぽく言った
その言葉の持つ意味には笑みを浮かべたのだが


それにしても夢でよかったのか
何なのか訳が分からなくなっていた


しかし 目の前には色鮮やかな料理が並び
そばには美しくなった人魚がいる
そして 気の利いたというべきか
会話も成立しそうではある


男は思った
もう考えるのはよそう
これは夢なんだ
目が覚めれば 夢を見たこと自体さえ
忘れてしまっているはずだ


まずは
人魚の生き血入りブラッディメアリで乾杯し
食事は始まった


だいたいの人はね
厨房の時点で目を覚ますの
あなたは珍しいわ
通りすがりのイルカを眺めながら言った
イルカを見る目が優しかった
男は人魚に気を許した


別に変わった話をするでもなく
お互いにうなずきあったり笑みを浮かべ
あっという間に時間が過ぎ
ともに 行き交う魚に視線を合わせた


やがて コーヒーの香りがしてきた